アリストテレスと歯

バビロニアの人々は、およそ1500年もの長きに渡って歯虫に悩まされ続けたわけですが、実は歯虫を信じていたのはバビロニア人だけではありません。美容整形の大元である形成外科が着々と進歩を重ねていく中、我々人類は洋の東西を問わず、それからも2000年以上も歯虫の存在を信じ続けていたのです。ただし、近代医学の成立を見る前に、唯一とも言える例外も存在していました。それが「万学の祖」とも呼ばれる古代ギリシアの哲学者アリストテレスです。植物学の研究でも知られる彼は、イチジクの甘い実を食べると歯を害することを、その実の柔らかさと粘り気に原因があると考えました。それは将来発見される、虫歯のできる真相と地続きの考え方であったと言えるでしょう。

それでも続く歯虫信仰

しかしながら、アリストテレスの考えが主流となることはなく、遠く離れた中国や日本においてまでも、歯虫の存在は根強く信じられていました。中国は隋の時代、巣元方が著した「諸病源候論」に「牙歯虫候」・「牙虫候」といった記述が残されており、そして、それらの知識が日本に輸入され、972年には丹波康頼によって全30巻にも及ぶ日本最古の医学書である「医心房」が編纂されているのですが、そこでも「虫長六、七分、皆、黒頭」といった文面で歯虫について触れられているのです。美容整形の審美歯科が誕生するどころか、バビロニアの名前が歴史から消え1500年以上の月日を経てもなお、シルクロードを渡って歯科の知識が東洋にまで広がったところで、相も変わらず歯虫はその存在を信じられていたのです。